ひ孫 井上ひろし先生に聞く
井上仲子は嘉永2年(1849年)、但馬国・八木村の酒造家の長女として生まれた。
22歳になり、筒江村の井上家に嫁いだが婿が急死した。
実家に帰ろうとしたが井上家に請われ次男の嫁となる。
翌年仕事中に右肩を痛める、医師や整骨師にかかるも治らず3年余りたち、思い悩んでいると治らないのはなにか原因があるのだという考えに至り、自身の体をいろいろ調べていると痛むところとは離れた筋が異常に縮んでいることを発見する。
さらに細かく観察すると肩の高さの左右差や歩き方にもゆがみを見つける。
それらのゆがみを試行錯誤しながら直していくと肩の痛みは消えていった。
27歳の時姪が肩を外してしまう。
その時仲子が整復したことをきっかけに周囲の者が仲子に治療を依頼するようになる。
そうした中で体が壮健のものは体がまっすぐで、弱いものはひどく歪んでいる事実を知る。
さらに評判が評判を呼び各界の名士や元大臣などが仲子の治療を請うようになる。
その中で天龍寺管長、橋本峨山禅師もその一人で病が癒えたことの感謝の書を送っている。
通身是手眼[つうしんこれしゅげん]
但州婆子、善按筋摩骨術、名聞遠近、其言曰、病只因筋骨不整、筋骨整病則無、整其筋骨、先於腹部、余奇其言之不捨本而奔末、受治旬餘忽見効験矣請題数字書以為贈
明治戊戌仲夏日 雲居庵峨山
そのような評価の中で謙虚な仲子の次のような言葉が残っている。
「私の治療はただ身体の歪みを直す、すなわち真っ直ぐにするだけで、病のことは少しも知りませぬが、身体さえ真っ直ぐにするなれば、大概の病は自然に治るのでございます」